「富士の直角、広重の富士は八十五度」から始まる、この「富嶽百景」は太宰治が甲州御坂峠の天下茶屋に滞在した時の事を中心に、師弟関係にあった井伏鱒二氏の事や美知子夫人との再婚までの過程などが描かれています。
そして、この作品は書かれたのが美知子夫人との再婚後第一作目と言う事もあり、再生への希望と気迫に満ちたほれぼれとする名作に仕上がっています。
太宰の周りに起こる数々のエピソード、そしてその度に登場する富士山。時に風呂屋のペンキ画のように俗な富士、時に頼もしい大親分のように見える富士、婚約者の後ろに見える富士、月見草と対峙した富士、あいにくの霧で見えない時に茶店の老婆がいつも見える位置に重ねた写真で見る富士などなど・・・出来事と富士の見事な描写が次々と登場し、文章による富士周遊と言った案配です。
この小説の中では御坂峠の文学碑にも書かれている「富士には、月見草がよく似合う」の一節が特に有名ですが、私が好きな場面は井伏氏と富士に登り、濃い霧の中、岩に腰掛けた井伏氏が「ゆっくり煙草を吸いながら放屁なされた」と言う場面や、富士から降りる前日に東京から来た二人組の女性にシャッターを押してくれと頼まれ、二人組をレンズの中から外し、ただ富士山だけをとらえ、富士山、さようなら、お世話になりました、と撮影し、「はいうつりました」とカメラを渡す場面などです。
そう言えば、昔、テレビでトヨエツ主演で「太宰治物語」のようなドラマをやった時にも、この「富嶽百景」からの、エピソードがかなり盛り込まれていて、うれしく思った記憶があります。
言葉の選び方、構成力、そして流れるような文章のテンポ。太宰治の魅力満載の「富嶽百景」。新潮社の「走れメロス」の文庫版などに納められています。機会があればぜひご一読ください。
↓クリックして欲しいなー。
